第6回 サムライたちが切り開いた学校教育 伊達市立伊達中学校
【サムライたちが切り開いた学校教育 部活動も盛んな地域に】
明治初期に、北の伊達を開いた亘理伊達家の家臣団。開墾とともにこの地に教育をもたらし150年余。育った子どもたちは、この地で新たな歴史をつくっています。
伊達中学校は市内3中学校の一つ(写真は旧校舎)。終戦間もない昭和22(1947)年の開校当時は、経済的な困難により校舎が不足し伊達小に間借りしていました。学びを支えたのは
【伊達中に息づく「進取」の気風】
校歌の一節に、「気性は進取 開拓に 身を捨て いのち捧げたる 伝統ここに 脈々と」とあります。「進取」は、自ら進んで物事をすること。
作詞は詩人の江口榛一(1914−1979年)。伊達中が開校した昭和22年の1年のみ伊達高校の教員を勤めた頃の作品でした。「進取開拓」は学校だよりのタイトルでもあります。
「進取」は、第2次伊達市教育振興基本計画にも記されています。「先祖伝来の地を離れ、アイヌの人々の助力を得てこの朔北の地に挑んだ仙台藩亘理伊達家の進取の気風は、現在の本市のまちづくり、ひとづくりに引き継がれております」。
先の校歌の一節は「若きわれらが 胸に手に 熱き血潮と 流れたり おお伊達中 その名 たたえん われらはつねに」と続き、先人の気風が歌い継がれているのです。
【学問とともに、地域が支える部活動】
伊達中には、北海道最古の小学校・伊達小と東小の児童が多く通っています。伊達小が掲げる、学問に加え道徳・芸術など6側面から育てる全人教育や、東小の「社会の発展に貢献する意欲的な人間」形成などの精神は、勉学にとどまらず部活動にも宿るのです。
平成以降、サッカー部(現在は部活動の地域展開としてのクラブチームに移行)は中体連全国大会に4度出場し、平成25(2013)年には全国準優勝に輝きました。さらに剣道部、ソフトボール部、陸上部、卓球部、柔道部も全国出場。科学部は全日本学生児童発明くふう展で入賞しています。
特に剣道部は、伝統的に網代道場という地元の少年団が基盤となり、部活動が休みでも剣の腕を磨けるのがこの地域の強みです。
現在は生徒の73%が12の部に所属。時代の流れで平日は学校、休日は地域部活動へと移行する中、現校長の花田啓光さんは「自ら目標を持ち心と体を鍛える部活動には、いつの時代も理念がある。生徒が活躍する姿は保護者、そして地域の誇りでもあります」と語り、物心両面で支える同窓会に感謝します。
【65年の歴史 大所帯A編成で臨む吹奏楽部】
伊達中学校吹奏楽部は昭和35(1960)年の活動開始から65年の歴史があります。平成の時代に全道吹奏楽コンクール出場も経験。30人以下のB編成が続きましたが、昨春から50人以内のA編成の大所帯に。
「生徒たちには一回一回の本番が大切」。吹奏楽部顧問の舘脇崇さんは、たなばた祭りやふれあいコンサート、伊達神社祭典など地域での演奏による成長を重視します。岩手県出身で、中高生の頃は吹奏楽部に所属。県代表になった経験もあり「恩師や仲間に恵まれ、また吹奏楽部と関わりたい」と教員の道に進んだそう。
目標は「一体感」。それは演奏だけではなく学校生活でも意識してほしいといい、「まだまだ課題は多い」と厳しい目で、東北から海を渡りこの伊達の地で次世代の心と音を育てています。部長を経験した脇田彩萌さんは「地域に愛される吹奏楽部の伝統を大切に、音楽の楽しさを共有していきたい」そうです。
【2年後に80周年 進取の気概で新たな時代へ】
2万人を超える卒業生を輩出した伊達中は令和9(2027)年に80周年を迎えます。学校教育目標に「心身共に健全で教養高く、個性豊かで勤労を愛する人間」「開拓精神に燃え、社会の発展に貢献する意欲的な人間」の育成を掲げます。
「生徒たちには主体的に学び、生きてほしい。こうあるべき、というものにとらわれず、これからの人生を切り開いてほしい」(花田さん)。その思いは、まさに進取を表しています。
(粟島暁浩)
