研究内容

語り合い学び合う特別支援教育
スキリング・プロジェクト

今回のプロジェクトは、内閣府 総合科学技術・イノベーション会議(CSTI) 戦略的イノベーション創造プログラム(SIP) 第三期課題「ポストコロナ時代の学び方・働き方を実現するプラットフォームの構築」(プログラムディレクター 西村訓弘 三重大学大学院 地域イノベーション学研究科 教授・特命副学長 / 研究推進法人 国立研究開発法人 科学技術振興機構)の研究課題として採択されたものです。

1.研究プロジェクトの背景 ― 「障がい」に対する知識も更新が必要であるし、常識的な対人スキルでなんとかならないのが特別支援スキル

OECD(経済開発協力機構)では、PISAで知られる国際学力調査を行っていますが、実は教員の指導環境調査(TALIS)も時期をずらして行っています。その最新の調査結果である「TALIS 2018」によりますと「特別支援を要する生徒の指導に関し、職能開発ニーズを感じている教員の割合」は、調査参加者の45.7%と全48 参加国中で4 番目と高いことが分かります。この結果からは、日本の教員も特別支援教育ができる教員が社会的に求められていることを認識していると同時に、自分たちのスキル不足も自覚していることが伺えます。にもかかわらず、右のグラフからわかりますように、教員が受けたオンラインの職能開発に関数調査では、日本は参加国中最下位なのです。
もちろん、先生方もそうした方面のことを何も知らずに教員になったわけではありません。現在、教職免許を取るためには「教職課程コアカリキュラム」の履修が必須ですが、そこには、「特別の支援を必要とする幼児、児童及び生徒に対する理解」を含む科目が必修として含まれています。さらに、「生徒指導の理論及び方法」と「教育相談(カウンセリングに関する基礎的な知識を含む。)の理論及び方法」の科目群も存在しており、先生方は特別支援教育及び生徒指導に必要とされる最低限の知識はもっているはずです。
では、教員免許を持っていればすぐ誰でも特別支援に関する指導ができるのでしょうか? 下の図は、通級・特別支援級・特別支援学校の先生方305名を対象に、私たちの研究チームが2022年3月に行った調査の結果をまとめたものです。普通学級の先生方よりも特別支援に関するスキルがあると考えられる通級・特別支援級・特別支援学校の先生方であっても、スキルが不足していると感じて退職を考えることがあるという現実が浮かび上がります。


ここで考えてみましょう。教員であれば特別支援教育ができて当たり前と言えるでしょうか?当研究プロジェクト「語り合い学び合う特別支援教育スキリングプロジェクト」のプロジェクトリーダーは次のように書いています。

私はこれまで臨床心理士/公認心理師として、心身に障がいがある方々のリハビリテーションの場にも関わってまいりましたが、そうした方々の支援を行っていくのは専門教育を受けていない方々にとっては決して簡単ではありません。障がいは常に周囲の社会との関係のなかで障がいとして現れるものであり、社会の変化や複雑化とともに「障がい」のかたちや特徴も変わってきています。そこにそれぞれの子ども一人ひとりの個性が重なってくるわけですが、そうしたことを考慮するとなると、常識的な対人スキルで間に合う部分はどうしても限られてしまうのではないでしょうか。

社会の変化や複雑化とともに「障がい」のかたちや特徴も変わっていくということは、何年か前に学んだ知識も絶えず更新していかなければならないことを意味しています。ましてや、一人ひとり異なる子どもたちを相手にする際には、大人同士の常識的な対人スキルでなんとかなるわけではありませんから、特別支援のスキル今ますます必要とされていると言ってよいでしょう。

2.オンラインの学びを軸にした「コミュニティ・プラットフォーム」で、いつでも・どこでも学べる教師の学び場を作る ― 子どもの学びを止めないためにも教師の学びも止めない。

先生が特別支援教育的な活動を行うためには、多かれ少なかれ学び続けることが必須でしょう。しかし同時に、先生方が非常に忙しいことも大変よく知られています。前出の「TALIS 2018」でも言及されていましたが、日本の教員の労働時間は世界一長く、新たなことを学ぶ時間を作るのは簡単ではありません。この難問を解決するために活用したいものとして私たちが選んだのが、オンラインでの学びを軸にした「コミュニティ・プラットフォーム」の構築です。


最初にお示しした「TALIS 2018」の図は、日本のオンライン職能開発の機会が国際的に見ても非常に低いことも示していました。2022年のCovid-19流行前の調査ではありますが、時期を考慮に入れても、調査参加国中最下位は低すぎるのではないでしょうか。Covid-19の流行を受け、文部科学省は2022年度からGIGAスクール構想を軸にした一人一台端末によるICT教育を加速させましたが、これはオンラインによる教員研修の環境も整いつつあることを示唆しています。子どもの学びを止めないためにも、教師の学びも止めないようにしたいものです。そこで私たちのプロジェクトでは、オンラインの学びを軸にした「コミュニティ・プラットフォーム」で、いつでも・どこでも学べる教師の学び場を構築したいと考えています。
私たちが構築しようとしている、オンラインの学びを軸にした「コミュニティ・プラットフォーム」とはどのようなものか、簡単にご説明しておきましょう。私たちは、大がかりな学びをすぐに始めるのではなく、国家資格である公認心理師とカジュアルな「グチ」ベースでの交流をするところから始めたいと考えています。
特殊な行動傾向をもっているように見える児童生徒の指導がどうもうまくいかないことが気になっておられる先生がいらっしゃったとします。私たちはその先生のお気持ちも大切にしたいと考えており、まずは「相談」までいかなくても「グチ」的なところから耳を傾けさせていただきます。そのやりとりのなかで、お困りのことの背景にはどんな要因があるのか一緒に考え、私たちも現場の状況を学び、どのようなスキルが求められているかを話し合っていきます。
もしかしたら、スキル以外のところに要因があるかもしれません。たとえば、子どもの頃から「完璧にやらねばいけない」と教えられて育ってきた先生は、その価値観を通して児童生徒を見てしまうことで、現場で緊張が生じているといったこともあるでしょう。そうした自己理解を深めながら、その上で必要とされる特別支援教育のスキルについても考えていければと思っています。
国際的に見ても、日本の先生方は生徒指導にせよ授業にせよ真摯に努力されている方ばかりではないかと思います。「その子に障がいがあるかもしれないことは分かっているんです、だからその子のためにがんばりたいんです。でもなかなかうまくいかない……」というような声はしばしば聞こえてきます。
私たちはそんな、先生方のがんばりたいお気持ちとも一緒に歩んでいきたいと思っています。ですから、「グチからはじめる、語り合い学び合うバーチャル空間の構築」を目指しているのです。
この「語り合い学び合うコミュニティ・プラットフォーム」は、オンラインの学びだけでなく、学校がある地域を巻き込んだ、コミュニティ・スクール単位でのオフラインでの勉強会や、学校組織の教員研修の形でも実施していく予定です

3.研究開発スケジュールについて

本プロジェクトは、2023年10月~2028年度3月までの期間実施されます。スケジュールは下記の通りです。各グループの説明については、「研究組織」でご確認いただけます。


4.本プロジェクトが目指す社会実装について

本プロジェクトは、“内閣府 総合科学技術・イノベーション会議(CSTI) 戦略的イノベーション創造プログラム(SIP) 第三期課題「ポストコロナ時代の学び方・働き方を実現するプラットフォームの構築」”より資金援助を受けています。このプログラムでは、研究実績を社会実装することが求められています。そこで、本プロジェクトでは「社会実装」を2つのカテゴリ―「学校実装」と「地域実装」―で整理しました。教員の職能開発は、「教員が勤務する学校」、および「学校を運営し支える地域」と影響し合っているためです。私たちは「社会実装」を確実に実行するために、対学校の教員の職能開発に関する実装については「学校実装」と名づけ、対地域の教員の職能開発に関する実装については「地域実装」と名づけました。この2 つの「実装」カテゴリを、ここまでの内容に位置づけると以下の図のようになります。


本プロジェクトにおける研究機関とモデル地域は、双方の価値観を尊重しながら、研究を進めていきます。すなわち、SIP プログラム「ポストコロナ時代の学び方・働き方を実現するプラットフォームの構築」の一部として、プログラムディレクターが目指す「創造的破壊を伴う新結合」を念頭に、教員の職能開発を通じて学校教育のあり方についての新しい価値観を生み出せるよう、オンラインでの学びを軸としたコミュニティ・プラットフォームの構築を目指します。
同時に、研究機関がトップダウンで「べき論」のような知識を一方向的に輸出するのではなく、地域の価値観を尊重し、「教員・学校間」、「教員・学校・地域間」で納得感を生み出せるような場の構築を目指していきたいと思っています。そうした「納得感」を大事にする理由は、社会の構成員一人ひとりの多様な幸せ(well-being)の実現を目指すのであれば、「その地域がどうありたいか」という意思を無視することはできないと考えるためです。

また、「社会実装」のひとつとして、マスコミ等への情報発信を含む「情報公開」は積極的に行っていきます。具体的には公式ホームページの設置、オンライン・オフラインのハイブリッド型シンポジウム、ワークショップ、国内・海外での学会発表等を予定しています。さらに、「教員職能開発用動画」および、教職課程コアカリキュラムで実際に使える「教育相談テキスト」の作成は、研究開発後のレガシーとして広く活用いただけるよう準備する予定です。

5.まとめ ― 私たちが本プロジェクトで目指す5年後の社会

今回の研究開発は、これから5年後の社会を展望しながら行っています。私たちが学校教育の現場で実現していきたいことの1つは、特別支援教育に対するポジティブな価値観とその基礎的なスキルを身につけた教員が増えることです。それによって特別支援教育的な支援を必要とする子どもの抱える課題の解決を促進し、同時に、個々の教員の日々感じている困難を克服することで、教育の現場に関わる人がみな、いきいきと生きられるようにしていきたいと私たちは考えています。

本プロジェクトにおいて、時間や住む場所にとらわれずに教員が語り合い学び合う環境を作ろうとしているのは、最終的には、社会の構成員一人一人が多様な幸せ(well-being)を感じられるような5年後の社会を展望してのことなのです。能智JST-SIP